日本国憲法を考える・・・

 徒然なるままに・・・なんて、いかにもって感じが嫌ですね~^^私の場合、時間に余裕ができ、ブログでも書いてみようという気分になるのが、毎月どうしても韓国から帰り、溜まった仕事を片付けて、ついつい1週間ぐらいがすぐに経った後になってしまいます。今回は戻った翌日にゴルフ、そしてその翌日には十数年ぶりでバンコクに遊びに行きましたので、もう10日が経ってしまいました。前回、安倍さんの進める「安全保障法案」に政治音痴の私が「戦争だけは嫌だ」と書きました。そして政治的な話はもうこれっきり、書くことは無いといっていたのですが、もう少し書き加えたいと思います。元来政治の話はあまり好きではないので、本当に今回限りにしようと思います。私の韓国での生活は月の3分の1を占めますので、私の友人たちはよく「これだけ反日感情が高まっている韓国で嫌な思いはしないのか、させられることは無いのか」、と言う質問を投げかけて来ます。それに対して決まって「そんなこと一度も無い」と答えます。私の毎月の韓国での業務レポートは82回を数えますが、毎回美味しいものを食べ、韓国の人のやさしく暖かい人情に触れ、太って帰ってきますから、女房からはあなたのベースは日本なのか、韓国なのかと嫌味を言われる始末です。
 韓国と言うと「従軍慰安婦」「竹島・独島」「歴史認識」の問題がよく取り上げられますが、私の韓国の友人たちは「日本も早く謝っちゃえば良いのに、そして共に前を向いて協力し合えば良いんだ」という意見が多いのです。そういう彼らは韓国の40代、50代で一流企業に努めているか、大学の先生、医者が多くいわゆる知識人です。韓国のいわゆる知識人は、日本が日韓基本条約に基づいて、莫大な経済補償、または政府開発援助で道路や公共施設ができたのを知っていますから、後の問題は個別の問題として話し合っていけばよい、問題なのは「村山談話」「河野談話」以降も、その姿勢が揺らぎ「日本は悪くない」「いつまで謝るのだ」という開き直り姿勢が良くないとも言っています。確かに日本からすればそうですが、彼らもそれはわかっていて、きちんと村山談話を踏襲していけば、いつまでも謝る必要なんか無いと言っているのです。韓国内で一番の問題なのは1965年の日韓基本契約締結当時から現代に至るまで、日本からの経済補償、援助があったことを、多くの国民に喧伝してこなかったことです。あれほど憎かった日本からの補償であれができたこれもできたと言えなかったのだと思います。そのため、韓国の若い方たちや多くの実情を知らされていない国民は、内容も良く知らず「偏狭なナショナリズム」に乗って、日本は技術力もありお金持ちなのに、謝らないし、補償もしない、自分たちのことしか考えない利己的だと言い続けるのです。だからと言って、政治的にまだ幼い国、民主化されてたかだか20年しか経っていない国と一緒の土俵に乗って考えるのではなく、日本はもう少し成熟した大人の気持ちでそれを理解し、話し合い外交努力で解決していけば、いずれは分かってくれる時が来るものと思います。少なくとも国の中枢や知識人たちは分かっているのですから・・・。そういえば、私が初めて韓国を訪れたときの15年前に入った博物館の展示コーナー、ソウルの何処かだったと思います。街角で日本の兵隊さんから足蹴にされ、虐めれている韓国人、兵隊さんの顔がすごく怖く描かれているのです。そこには「日本帝国主義・・・・」の標題がありました。彼らはついこの間までそのような教育を受けてきた国民です。日本人の歴史観との大きな隔たりがそこにあるのです。ただ戦後の日本を知っている人たちは日本人が優しいし、謙虚で、紳士淑女だというのも、皆さん分かってきていますし、一つ一つの課題を掘り下げ、史実に基づいて話し合っていけば理解してくれると思うのです。又日韓請求権問題も何処まで掘り下げて話し合われてきたのか分からないところもあります。わからないところは国際司法裁判所に調停してもらっても良いと考えます。韓国の植民地化されていた30年と中国は又状況が違うと思います。日本は満州国建国以来、大東亜共栄圏構想の下、確かに侵略戦争を続けてきました。それは数多くの命を犠牲にした戦争です。彼らにすると南京大虐殺始め、多くの同胞の命が失われた、その痛みは消えるものではないのだと言っているのです。9月3日に抗日戦争勝利70周年記念の式典が大々的に行われ、各国首脳を招こうとしているのもその表れです。
戦後、日本はその中国にも多大な援助をしてきたのも事実です。しかし、中国は今や日本を抜き世界第2の経済大国にのし上がりましたし、近い将来、アメリカをも追い抜くのは確実だといわれてもいます。韓国にしても中国ほどではないにしろ、経済的にはかつての後進国から中進国へそして今や三星電子が世界一に、また現代自動車も世界に名を連ねるようになり、政治的にも主要国首脳会議G20に名前を連ねるようになって来ました。国力が無い時代は、日本からの援助を受け、言いたいことも言えずに抑えてきたでしょうが、今やその必要がありませんから、かつて燻っていた胸の内を吐き出すようになったのでしょう。歴史認識を考えた場合、我々日本人は何処までこの100年の現代史の教育を受けて来たでしょうか。私、そして私の周辺に聞いて回っても残念ながら、多くの日本人は現代史教育を受けてきていないと思います。それに対して虐げられたり、戦争で被害にあった国においては「反日」とキーワードに良いも悪いも、徹底的に教育されてきています。怖いのは「日本憎し、悪し」という視点からの教育ですから、我々も何が正しいのか歴史を紐解き、勉強する必要性を感じます。そして韓国や中国と「歴史認識」について話し合って行く必要があります。お互い感情的になって非難しあうのではなく、相手の立場に立った上で、反論するところはするという姿勢が求められているのだと思います。また、つい自国を贔屓したり、かつて先人たちが言っていたことをつい鵜呑みにしがちになりますが、正しくある事実を評価し、それが国際法的に、人道的に如何であったか、どのような意味を持っていたのか、特に戦争はどちらから見ても正しい行いではないのは間違いありません。戦争で解決すると言うことは、人の命や財産を失うことですから、必ず憎悪を生み出し、一方から見れば正しいことでも片方から見れば悪であると言う判断が下ることは必然です。だからこそ話し合いによる解決が難しい場合には、国際司法裁判所による冷静な判断が必要になるわけです。

 韓国、中国と仲良くやろうと考えたときに日本はどのような立場をとったら良いのでしょうか。
先日、新聞を読んでいたら、丹羽宇一郎さん(元伊藤忠商事社長、会長、前中国大使)が「日本は高度成長時代を経て、信頼性の高い製品技術基盤を作り上げ、安全な社会を築き、世界から尊敬される国になりました。マイナスはエネルギー・食料を自給できない国、これが周辺国と仲良くしなければならない最大の理由。そして平和は国民を守る生命線」そして「20世紀は量の時代、21世紀は質の時代、質とは“人・知”の時代、人は人的交流、知は世界観を持った人材の育成」だと言うのです。丹羽さんはビジネスを通じて、中国にそして世界中に人的交流があり、世界観を持った人ですから、ご自身の経験からおっしゃったのだと思います。私は人前で、21世紀を話すとき、「21世紀は心の時代」とよく言います。簡単に言いますと「昔は1)農業の時代…発見と発掘、2)商工業の時代…開発と生産、現代は3)サービス業の時代…仕組みと価値の提供、そして、これからは4)心の時代…創造と価値共有、が大事だと」。もう少し説明するなら、21世紀は相手の身になって考える寛容の時代、相手の身になり、認め、受け入れ、共に生きる時代、これをビジネスにできたところが生き残れると話しています。仕事で言えばホスピタリティを大事にした「心の活力創造事業」です。ホスピタリティというと「おもてなし」と直訳的に解釈しますが、そうではありません,正確には「ホスピタリティ・マインド」です。このマインドは相手のことを考え、相手のニーズ・ウォンツに如何に応えるかなのです。このために一番大事なのが「コミュニケーション力」です。丹羽さんの言っている質の時代…「世界観を持った人材の育成」「人的交流」となんとなく重なってきませんか。現代は全ての国が資本主義化されています。代表的な中国、ソビエト連邦然りです。そうなりますといずれはどの国もモノが充足されていきます。モノの満足が得られた後はどうなるのでしょう。当然、心の満足を求め始めます。だから、21世紀はモノから心の満足へ向かわざるを得ません。心の安らぎ、満足は人によって、国によって、宗教によって、違いがありますが、お互いを理解するための人的交流、その基になる世界観が必要になるというのはとても解り易く思うのです。

 それでは世界観とはどんなことでしょう。
一般的には「国際的な広い視野に立ち、世界を俯瞰して、日本の立つ位置そして自分の立つ位置を決めること」ではないかと思います。その上で、国であれば、世界戦略を持ち、外交に力を注ぐ、また企業であれば、国による立地戦略を持ち、商品・販売戦略を立案する。個人にしても相手の文化、商慣習、歴史的事実を知り人的交流を図っていくことだと思います。丹羽さんも「平和は国民を守る生命線」と言っていますが。この平和についての世界観、そして世界戦略を日本は持っているのでしょうか。
日本は戦後70年、憲法第9条の戦争放棄があって、平和国家の道を歩んできました。今それが米国との2国間の安全保障条約のみならず、オーストラリアを始めとした関係国の紛争の後方支援もできるように10に及ぶ法案「安全保障関連法案」が国会を通過しようとしています。この安全保障関連法案は自衛隊法など既存の10法を一括して改正する「平和安全法制整備法案」と他国軍の後方支援をするための「国際平和支援法案」の2つです。
後方支援は戦争ではないといっていますが、それは立派な戦争の一部です。戦っている人の食料や武器弾薬を貯蔵・輸送する兵站機能を潰すというのは戦争では当たり前の戦法ではありませんか。相手国からしたら、一方の国に加担する日本は戦争当事者になってしまうのです。丹羽さんも言う「平和は国民を守る生命線」、今、先人たちが作り上げてきたこの平和の道をいとも簡単に崩そうとしているようにしか私には見えないのです。
しかし、アメリカは自国の世界戦略があって動いているように見えます。今までの頭越しの中国外交を見ていても自国に必要であれば、日本の了解を取らずに突き進んできました。その反面、日本を見ているといつも日中、日韓、日露、どうも二国間の視点から抜け出せない場当たり的な外交というイメージを受けます。世界の中の日本、日本の優位性は何処にあるのか、世界が求める日本の役割は、日本が真の平和国家としてこれからも続けていくためにはどのような立つ位置を持たなければならないのか。このような戦略があるようだったら、是非開示して欲しいし、これをまず議論すべきだと思います。その上での、安全保障関連法案であれば、賛成もできますが、この4月にアメリカに行きアメリカに協力を約束してきたから、いきなり進めているようにしか見えないから、困り者です。
「中国と喧嘩して、これから100年中国なしでやっていけるのか」「ODA政府開発援助が世界1から大きく減ったが、代わりの社会貢献として何ができるのか」「軍事力を使わないでの国際貢献の仕方は無いのか」、軍事力ありきからでは無く、もっと平和憲法に法った視点で今ある問題点を解決できることが山ほどあると思うのです。

 日本国憲法というともうわかったつもりになっていましたが、中学以来になるでしょうか、何十年ぶりかで改めて読み直してみました。日本国憲法は103条から成り立っています。そこには天皇に始まり、2番目に戦争の放棄、3、国民の権利と義務、4、国会、5、内閣、6、司法、7、行政、8、地方自治と続いていきます。そこには其々の機関や国民が守らなければならない基本的なことが記されています。れをアメリカからの押し付けだからまた、現状に合わないから変える必要があるとは、具体的に何を言っているのでしょうか。あるとすれば軍備増強をし、戦争をしたいと思っている人たちによる「9条の戦争の放棄」だけではないでしょうか。是非もう一度、皆さんもよく読み返していただきたいと思います。読んでいて全く違和感がない、よく考えられていると思うのは私だけでないと思います。また国民の権利と義務の所には「生命、自由、幸福追求に対する国民の権利」「差別しない、されない」「思想、良心の自由」「信教の自由」「結社、言論、出版、表現の自由」「職業選択の自由」「学問の自由」「教育を受ける権利」「納税の義務」が書かれていますが、あえて入れるとすれば「自然、環境に対する配慮」ぐらいだと思います。それも冒頭の「生命、自由、幸福追求の権利」の包含されるかもしれません。
 また、安倍さんは「憲法は時代に合っていないから時の内閣が勝手に憲法解釈をしてよい」と言う風潮を作り上げ、憲法学者が意見だといっても聞かず、今の安全保障法案を通そうとしていますが、第10章、98条には「憲法は最高法規であって違反したらその効力は有しない」、また99条には「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官、その他の公務員はこの憲法を尊重し、擁護する義務を負う」とありますが、安倍さんは忘れてしまったのでしょうか。憲法は国会議員の暴走を防ぎ、国民の権利のために奔走しなければならないのに、国益を軽んじ、自分の主義主張のためにこの立憲主義を無視し、国の姿を変えようと言うのは、あまりにも乱暴だといわざるを得ません。

 平和憲法によって守られてきた日本、そして戦後70年をかけて平和国家とまで言われるようになってきた日本、その根幹が崩れようとしています。安倍さんの言う安全保障法案で世界の役に本当に立てるのか、軍事力を使って他国の紛争に加担することが本当に国際貢献になるのか、私たちは良く考える必要があります。私は人的交流をもっと盛んにし、国はもっと平和に関する世界戦略を持ち、平和外交を強化していくべきだと思います。そして、他国にはできない「人道支援」や「紛争国間に入り、調停や和平の仲介」に力を注いで行くべきと考えています。