郭(くるわ)に見るおもてなし
昨年の秋以降、もう5か月もこのブログとは離れていたが、漸く、自分の時間が持てるようになり、再開しようと思う。自分の時間が持てるようになったというのは7年間続いた韓国の「三星エバーランド」の仕事が一区切りついたことである。昨今韓国と日本の関係は良くないが、それは安倍さん、朴槿恵さんの幼い外交によるもの。あの4年前までの熱狂的な韓流ブームが何処へ行ってしまったのか…懐かしい。政治が経済を冷やしてしまった典型的な例である。まあ、ともあれ、私の周りの韓国人は日本びいきでもあり、日本人もまた韓国びいきである。私はすべてのことが人で結びついていると考えており、その意味では世界中の人が仲良くあって欲しい。
昨日は東京で「桜の開花宣言」があった。私は日本人の典型、ご多聞に漏れず、桜大好き人間である。今年は例年より開花が5日ほど早いとのこと、それなのに明日以降、寒さが戻り、桜をめでる時期が長くなるとの予報、嬉しい限りである。例年、上野公園、千鳥ヶ淵、靖国神社へ行き、時としてオフィスの近くの坂川でビール片手に花見をすることがあるが、今年はどこへ行こうか、気もそぞろである。
3月というと、寒い冬から暖かい春へ、会社においても、学校においても色々な意味で区切りの月である。私が4月以降のスケジュールを立てていた時に、、ふと思い出したことがある。私が小学校4年生のころだったか、ランドセルを背負った私に「僕、この辺でパンパン屋を知らないか?」と見知らぬおじさんに話しかけられたことがあるのだ。私は小学校の校門を出て数分も歩かない場所にいたのにである。私はごく自然に「パン屋さんならその角を曲がったところにあります」と答えたが、そのおじさんは大笑いしながら「僕、ありがとう!!」と言って逆の方に立ち去って行ったのである。何か解せない変な気持ちで家に戻り母に話すと、「何言っているんだこの子は」と笑って取り合ってくれない。私がその意味を知ったのが中学校に入ってからだ。今思うと、私が育ったのは下町であり、小学校の近くに、そのような場所があったに違いない。当時、日本では公娼制度が認められており、売春防止法が施行されたのが、昭和33年3月31日、その翌日からは一切の売春行為は取り締まりの対象になっている。丁度その時を前後した出来事である。それにしても真昼間から、子供にそんな場所を聞くなんて、あのおじさんの常識は何処にあったのだろう。
公に認められた公娼地域で有名なのはやはり「吉原」であろう、落語の郭話にもよく登場するが、江戸時代から続いていた国も認めていた売春行為、それを禁止したのがわずか半世紀ほど前とは道徳観念も強く、倫理観を持った日本も性に関してはおおらかな国だったのだと思う。
郭(くるわ)…遊郭について、私の本業とはかけ離れているので、「三大遊郭」幻冬舎、堀江宏樹著からの引用で申し訳けないが、少し触れてみたい。
皆さんも、ご存知のように江戸時代、そして明治、大正、そしてつい太平洋戦争前までは、結婚というものは家同士の結びつきの要素が強く「個人が結婚するというよりも家と家が繋がり盤石の縁戚体制を作る」というのが婚姻関係であった。だから、年頃になると本人の意思ではなく親の決めた相手と結婚をするのは当たり前のこと、結婚して恋愛感情が生れればよいが、そうでなければ一生恋愛感情も知らぬ間に終わるのだ。つまり、「恋」という感情は経験出来ない貴重な体験、異性を好きだという感情は誰もが持つ当たり前の感情であるが、憧れはあっても、その感情を押し殺さなければならない時代だったのである。私の母親でさえ、写真一枚で見合いをし、親が決めた結婚に従って、福島から遠く離れた横浜へ嫁いできたのである。時代が変わり、昭和の終わりごろには恨み節のように母からよくその話を聞かされた記憶がある。ましてや江戸時代のような厳しい家制度の中で、男女ともに恋愛感情を具現化、成就するのはできない時代。この本によるとそこに遊郭の需要が生れ、遊郭に客が求めるものが恋愛であり、理想の恋だったと言っている。江戸時代前半であれば、お金のある上流の武士が、後半になればお金を持った商人たちが理想の恋愛を求めて(もしかしたら疑似恋愛とわかっていても)遊郭に通ったのかもしれない。特に遊女の中の最上位「太夫」は高い教養を身につけ、歌、踊り、楽器の演奏に秀でており、接客中はどんな相手にも丁寧に愛を表し、客好みの理想の女性になる。行為に及べば情熱的。切ない声と焦らしのテクニックで客を夢中にさせ、すべてが終わると、さりげないそれでいて別れ難いムードを演出し、次の逢瀬を約束する。これら一連の時間の流れは「性的なサービスがメインではなく、風流な遊びを介して、日常では味わえない至高の恋愛を演出する」という日常から非日常へ誘う空間として遊郭があったといっている。それはある意味、社会の底辺で生きるものにとっては生きるための大事な働く場所であり、必要だからこそ生まれた世界に違いないと思うのだ。
その後、庶民のための遊郭となり、格や教養にこだわらずに値段も安く楽しみたいというお客が増えていき、歌、踊り、楽器担当の芸者、格子越しに客を手招きする遊女も増えていった。しかし、客が一時的であれ、そこに愛を求め、また彼女たちも目の前の客だけを愛しているのだという素振りは基本的に変わらずに続いてきたと言っている。
この遊郭における恋愛観を考えた場合、私がホスピタリティ(=おもてなし)を説明するときの例に挙げている自分の恋人を自分の部屋に呼んだ時のことにぴったり当てはまるのである。恋人が休日に自分の部屋に遊びに来ると言ったら、男性であれば如何するであろうか。まずは自分の普段掃除すらしない部屋の整理整頓、掃除に始まり、バーバーショップに行き身綺麗にしたり、たまには料理をして彼女を持てなそうとか、ゲームをして楽しませようとあれこれ考え、最後には「今日は楽しかったね。また来るね」といってもらうための最大限の努力をするのだと思う。女性の場合も変わらない。この一連の楽しい時間の経過をお客とともに共有することは遊郭の大夫にしたって変わらない。高い教養、歌、踊り、音楽、愛情を表現し、相手好みの理想の女になり、そしてお客に「今日は楽しかった、また来たい」という気にさせるのは「おもてなし」以外の何物でもない。
それは私がかつて勤めていた「ディズニーの世界」だって変わらないのだ。
それでは、現代を翻って見た場合、どうであろうか?
理想の愛を経験するのは現代人にとっても難しくなっている。変な男女平等が蔓延り「男性が男性として生きるのではなく、女性が女性として生きるのではなく、中性的な人間として生きる」とということを小さい時から躾けられた子供たちは、大人になり、相手を女性として、また男性として見ることができなくなってきているのではないか。男性から女性に声をかけようとすれば、セクハラと言われ、怖くて女性に声もかけることができ難い世の中である。中には、アニメや漫画の世界に理想的な恋愛を求めたり、疑似恋愛を体験すべくキャバクラに通う男性を見かけるがさみしい限りである。「郭に見るおもてなし」のような究極のおもてなしが体験できるような世界があったら、今のような殺伐とした世界から、世の中もっと相手に配慮した、暖かく、豊かな社会になるのになあ、と思うのは私だけだろうか。