熊本地震で思うこと

 まずは熊本、大分の被災された方々にお見舞い申し上げます。
また、不慮の災害で亡くなられた方々に哀悼の意を表します。

 4月14日9時26分、益城町で観測された、マグニチュード6.5、震度7の地震、規模としてはあの悲惨な東日本大震災ほどではなかったにしろ、九州では初めての大地震、それが今日も震度3を超える地震を記録し、この2週間でゆうに1050回を超えたという。おまけに16日にはさらに規模の大きいマグニチュード7.3、震度7を記録、始めの本震を超える規模の地震をその後に記録したのは観測史上初めてのことらしい。地震による死者も49人、関連死は17人ともいわれている。

 各種報道を見ていると、
亡くなられた方に思いを寄せながらも、家を失い、また怪我をされ、今後どのように生きていけば良いのか悲嘆にくれながらも前を向いて進もうとする人たちがいる。私は、自分がそうなったらあのようにできるのだろうか、嘆いてばかりいて、何もできないでいるのではないか、そう考えると本当に頭が下がるし、敬意を表したい。

 また、地震が起きるたびに、気になるのは日本各地にある原子力発電所のことだ。今回は特に熊本の布田川・日奈久断層帯の延長にある大分県に向かって地震が移動をしており、それも集中し、また連続して起きている。いつ止むのか分からない状況なのだ。大分県には全国的にも有名で、九州ではナンバーワン、ツーを争うと言われる温泉地、湯布院があり、その先には別府がある。地震と火山の相関関係を考えれば、そちらの断層に近づいているとも見えなくはない。さらに怖いのはそのつい目と鼻の先は四国、愛媛県の伊方原子力発電所がある。伊方発電所にも断層があり、布田川・日奈久断層帯の延長にあるように見えてしまうから怖いのだ。もし大分県から四国の愛媛県に移ったとしたら、そこで同じようなマグニチュード6.5~7クラス、震度7クラスの地震が起きたとしたら、どうなるのだろうか。最近、緩くなった規制の下(もちろん東日本大震災の教訓があり、以前に比べたら厳しい審査基準になっているのは分かるが、軽々審査を通過しているように見えるのだ)で存続を図っている原子力発電所、避難計画をはじめ、福島の二の舞にならないような手立てが講じられているのだろうか。
心配である。